ENILNO いろんなオンラインの向こう側

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ポストコロナ社会において「オンライン」は必要不可欠なものとなった。
これからどのようにオンラインと向き合うのか、各企業や団体の取り入れ方を学ぶ。

人口の約30%を占める65歳以上をキャッシュレスユーザーへ。立ちはだかる認知症と金銭管理のリアル

2021年の国内におけるクレジットカードや電子マネーなどのキャッシュレス決済比率は、32.5%(経済産業省の発表による)。経産省は2025年までには全体の4割程度、将来的には8割程度までキャッシュレス決済の割合を上げることを目指しているという。

 

国を上げてのキャッシュレス化の波に乗り、2020年に立ち上げられたのがKAERU株式会社だ。代表の岡田知拓氏は、決済系のITベンチャーからLINEへ。LINE payの立ち上げから4年間事業に携わってきた。同じくペイメント業界のメルペイにいた福田氏と共同で株式会社KAERUをスタートし、高齢者、中でも認知症の方に特化したペイメントサービス「KAERU」を2022年春より提供している。

 

ペイメントサービスのプロである岡田氏が、認知症状のある高齢者にターゲットを絞った理由とペイメントにまつわるビジョンについて教えてもらった。

高齢者層に届いていない現状を打破するために

ペイメントサービスの知見を活かして独立する際、KAERU社が掲げた目標は、65歳以上の層をキャッシュレスユーザーに取り込むことだった。この層の人口は2021年時点で3,640万人。実に日本の人口の29.1%を占める。それ以下の年齢層には着々とキャッシュレス決済が受け入れられ、その比率は高まっていたが、高齢層に届いていないのは明らかで、岡田氏の中にはもどかしさがあった。

 

それでも冒頭に挙げた、国によるキャッシュレス率を高める機運と、海外では高齢層や子供といったバーティカル領域に対するキャッシュレス決済のシステムが作られ、受け入れられていることから、今後、国内でも高齢層のキャッシュレス決済率が高まることは間違いなさそうだ。

 

そう考えた岡田氏が、高齢者層にキャッシュレスサービスを届けるきっかけとして考えたのが、高齢者の課題解決とセットになったサービスを生み出すことだった。

 

課題を探っていくうちにぶつかったのが、認知機能の低下という問題。お釣りの計算が難しくなったり、同じものを何度も買ってしまったり、また家族や周囲の人によって財布を持たせてもらえなくなるなど、認知症当事者の買い物が自由にできない状況が見えてきた。

 

資本主義社会においてお金を稼ぎ、使うことは社会参画の基本であり、その機会が失われることは社会からの孤立につながる。岡田氏はこのことに危惧を覚えた。

 

そこで「自由にものを〈買える〉、利用者自身やお財布がちゃんとおうちに〈帰る〉、認知症になるとお買いものをできないと言われている常識を〈変える〉」ことを掲げて社名とサービス名を「KAERU」として、キャッシュレス事業をスタートさせるに至った。

アプリと連動したプリペイド式のカードは、日ごとに利用限度額を設定でき、自動チャージ機能を付加。カードを失くした時はスマホアプリで即座にカード利用を停止できる仕様にした。他にも、指定した店に近づくとアラートとお買い物メモが表示される機能も。今後はカードを失くしたことをスマホが検知すると自動で停止できるサービスや、本人の現在地をあらかじめ決めた家族や介護者に知らせる機能も付帯していく予定だという。

家族よりも認知症当事者をエンパワメントするサービスに

当初の社名とサービス名は実はKAERUではなく「みまもりペイ」だったと岡田氏は話す。

 

「家族が認知機能の低下された方を〈見守ることができる〉ペイメントということで、分かりやすいだろうとその名前にしていたんです。ところが認知症当事者の方とお話しするうちに『その名前は周囲からの管理や監視の色合いが強い』と言われて、ハッとしたんです」(岡田氏)

家族や支援者の方も大切だが、第一に考えるべきは当事者をエンパワメントすることだ、と立ち返った岡田氏は、その方と話したその足で会社の登記を変えに行った。

 

「もし親が遠方に一人で住んでいて認知症になったら、家にカメラを付けないといけないのかな、とかそれまでは考えていたんですけど、その方と話したおかげで、自分が当事者だったらそれってうっとうしいよなと思ったんです(笑)。当事者意識を持っていたつもりが、自己満になっていたなと気づきました」(岡田氏)

 

認知症の方、認知機能の低下が見られる方の課題解決になるサービスを提供すると決めたものの、家族に認知症当事者がいるわけではなく、実態を知らなかったし接し方もわからなかった。それに、認知症と診断されてそれをオープンにできる人は少ない。はじめにつながった当事者は、たまたまyahooニュースで紹介されていた認知症の方で、その方のSNSを探してコンタクトを取った。そうやって地道に当事者や支援者とつながり、話を聞き、サービスを整備していった。

 

「本当に草の根ですよ(笑)。それまで持っていなかったSNSのアカウントを取ることから始めました。施設や病院の方に話を聞こうとアポイントを申し込んでも『忙しいから』、『よく分からない人に福祉領域に入ってきてほしくない』と怪しまれて受けてもらえないことがほとんど。地銀の方について行って、地方で高齢の方に街頭インタビューをしたこともあります」(岡田氏)

KAERU株式会社代表の岡田知拓氏(写真左)と共同代表の福田勝彦氏(同右)

 

当事者の方にサービスを説明する際の言葉の使い方ひとつとってみても「管理」、「監視」といった当事者目線にそぐわない単語を怒られ、変更して、とトライアンドエラーを繰り返した。

 

当事者と家族や支援者など周りの人の話を聞きながら、岡田氏は一般社団法人 認知症予防協会 MCI(軽度認知障害)専門士、終活アドバイザー、認知症サポーターの学びを並行して行い、現在はそれらの有資格者でもある。

行政との共同実証がスタート

そもそも高齢の方がターゲットと聞くと、そもそもスマートフォンを持っていないのではという思いも生じる。

 

「現在スマホを持たずに幸せに過ごしている人もいっぱいいると思いますので、持っていない人々に無理にスマホを持ってもらおうとは考えていないんです。もしスマホアプリという形だと救える人の数が少ないのなら、スマホがなくても使えるものにゆくゆくはサービスを広げていきたいですね」(岡田氏)

 

一方で、65歳未満で発症する若年性認知症の当事者は、道に迷わないよう地図アプリを使い、予定を忘れないようタイマーを使うなど、スマートフォンを積極的に活用している人も多いという。さらに、その活用方法を当事者同士のSNSグループで共有していることも。それらの人々は今後ますますの高齢化に際して、マジョリティとなっていく。岡田氏はまずはその層から利用者を広げたいと考えている。

 

「サービスを必要とするコミュニティとつながって、ゆっくりと広げていくのが大事だと思うので、例えば行政や認知症支援をされている方と連携して広げていくことを考えています」(岡田氏)

 

実際に、同社と加古川市、そして加古川市社会福祉協議会との共同実証も始まっている。

 

「都道府県や指定都市の社会福祉協議会が提供する〈日常生活自立支援事業〉の中で、福祉サービスを受けている方から現金や通帳を預かって、月に何回かご本人に現金を渡しに行くことが結構あるそうなんですね。でもこの1回の移動に人件費や交通費でコストがかかっていたりする。これをもしプリペイドカードに置き換えられたらもっと経費を下げられるでしょうし、サービスを受ける方も社会福祉協議会側もメリットがあると思うんです」(岡田氏)

 

また成年後見人制度(※)でも当事者へのお金の受け渡しが発生するので、ここもプリペイドカードに置き換えられたらさまざまなコストが下げられる。そこで実証先を探した結果、加古川市および同市社会福祉協議会との共同実証が決まったという。

 

(※)成年後見人制度……認知症、知的障害、精神障害などによって判断能力が十分ではない方を保護するための制度。家庭裁判所に選任された成年後見人は、本人に代わって各種契約を結んだり財産の管理を行う権限を持つ。

 

現金決済インフラのコストを下げ、利用者に還元を

認知症という課題解決と結びついたKEARUのサービスは、3,600万人を超える65歳以上の人々にキャッシュレスサービスを届けるために同社が踏み出した、初めの一歩だ。岡田氏は今後、どんな事業展開のビジョンを描いているのだろうか。

 

「究極的には、お金のことを心配しないでやりたいことができる世の中になるといいなと思います。老後2,000万円問題が話題になりましたが、年金暮らしの高齢の方が好きなこと、やりたい暮らしを叶えるのにいくらかかるんだろうと心配せず暮らせたら一番いいですよね」(岡田氏)。

 

現金決済インフラの維持にかかる社会コストは、年間1兆円を超すと言われる。日本各地まで現金を運んでATMを稼働するコストだけでも相当な額になるだろう。キャッシュレス化を推進することでそのコストが下がれば、その分は消費者利益に還元される。

 

さらに、キャッシュレス決済の恩恵はネットショッピングはもちろん、遠隔医療といったサービスの享受にもつながると岡田氏は話す。医療などのサービスが受けにくい地域の人にこそ、キャッシュレス決済がもたらす価値は大きいのだ。

 

すでにリリースしているサービスや実証の結果を生かし、今後は家族と離れて暮らす高齢者や、施設を利用する高齢者などに届けられるサービスの提供を展開していくという。

 

「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中にする」というビジョンを胸に、地道に高齢者や認知症当事者のことを学び、必要とされるサービスを作り届ける岡田氏の強いモチベーションどこからやってくるのだろうか?

 

「高齢者×キャッシュレスでやるって一度決めたから。それだけなんです(笑)」(岡田氏)。スマートさと同居する、氏の爽やかな熱意が日本の決済インフラを変え、その利益を受け取る人の数を大きく広げてくれそうだ。

岡田 知拓

Tomohiro Okada

KAERU株式会社 代表取締役

新潟県出身、東京農工大学応用生命化学修士卒。新卒で決済ベンチャーの法人営業・事業開発を担当。海外放浪しながら仕事し、東南アジアのスタートアップにジョイン。その後、日本に戻りLINE株式会社に入社。LINE Payサービスの立ち上げ初期から、戦略立案から個別のプロダクト企画など、広範にグロースに携わる。利用者にとって、より付加価値のあるペイメントサービスを創りたいと考え、福田とKAERU株式会社を創業。2021年9月21日「世界アルツハイマーデー」にKAERU(β版)をリリース。一般社団法人 認知症予防協会 MCI専門士、終活アドバイザー、認知症サポーター。

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取材:小野好美

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