ENILNO いろんなオンラインの向こう側

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ポストコロナ社会において「オンライン」は必要不可欠なものとなった。
これからどのようにオンラインと向き合うのか、各企業や団体の取り入れ方を学ぶ。

オンラインなのに気配を感じる。新たな遠隔コミュニケーション、ソニー発の「窓」

「私は、ソニーという会社のなかで、いろいろなご縁やご支援もあって、20年以上『窓』という1つの技術の研究開発を続けさせてもらえた通信エンジニアです。そんな技術畑の人間が、自分のアイデアを自分自身で事業化させることができたならば、同じような思いを持っている方に勇気が与えられるんじゃないかって思うんです」

 

そう語るのは1999年にソニーに入社し、20年以上にわたって「距離の制約を超えてあたかも同じ空間にいるかのようなコミュニケーションを実現」させるための研究開発を主導したのち、ソニーを退社して2022年1月にMUSVI株式会社を創業した阪井祐介氏。

 

「窓」とは、雰囲気や臨場感、気配といったものがオンラインでも感じられる遠隔コミュニケーションツール(デバイス)である。

 

コロナ禍で遠隔コミュニケーションが広く普及したのは周知の事実である一方で、対面では感じないストレスや違和感を覚えている人も少なくない。そのような中、「窓」が提供する価値とは何なのか、阪井氏に聞いた。

テレプレゼンスシステム「窓」の独自性

数多ある遠隔コミュニケーションのツールと「窓」が異なる点について、阪井氏は「他のサービスとの違いは何か?という質問をよくいただくのですが、人と人のコミュニケーションをより豊かにしたいという想いは一緒でありつつ、そのアプローチが違うかなと思っています」と言う。

 

「『窓』が目指しているのは、人と人とが距離の制約を超えてあたかも同じ空間にいるかのように、お互いの存在を感じながら自然につながっている感覚です。一方で、従来のツールは、明確な目的や意図をもって、言葉や情報といった言語的なコミュニケーションを行うために設計されています。例えば、どちらか一方が要件を話して、その後に相手が回答するというふうなやりとりにおいて、聞き手側のマイクをミュートしたり、雑音となりうる環境音をカットしたりするなど、意味の伝達という目的に対して、非常にロジカルにできてきているわけです」

 

別の言い方をすると、そうした明確な目的を達成するために、その場の雰囲気や臨場感といったものを削ぎ落としているとも言える。しかし、実際のリアルでのコミュニケーションは、そうではない。同時に話すこともあるし、別の参加者が何かしらの音を発することもあるし、隣の部屋でワイワイガヤガヤしていることもある。

 

そうした場の雰囲気や臨場感、あるいはそこから感じられる気配なども包含しながら、人と人はコミュニケーションを取っていくものである。阪井氏はこう続ける。

 

「基本的に、これまでのデジタルコミュニケーションというものは、ゼロイチというか、ここまでがオン状態、ここから先はオフ状態というように、境界線がはっきりとしていると思うんです。『窓』が目指しているのは、まさにその境目をまどろませて結んでいくようなもの。いかに相手の雰囲気や気配、その場の臨場感が伝わるかを大切にしていて、その結果として、デジタルのツールでありながら、お互いが深いところで信頼し合えるような関係性が築けたり、相手の存在をリアルと同じように身近に感じられたりする不思議なチカラを持ち始めているのかなと感じています」

オンラインでは伝わり難い臨場感や気配を感じさせるための2つの特徴

では、「窓」ではどのようにしてそうした雰囲気や臨場感、気配といったものを感じられるようにしているのか。同社ホームページには、「縦型大画面」「つながり表現」「ステレオエコーキャンセル技術」「環境音イコライザ」「低遅延伝送技術」「省エネ・省帯域」の6つが挙げられている。

 

その中で阪井氏は、「『窓』は、これまでの研究開発を通じて出願してきた100件以上の特許やノウハウを凝縮して作られています」と前置きをしたうえで、次の2つが代表的な技術であると話す。

 

「『窓』を通じて気配を伝えあうために最も重要な技術の一つは、言葉や環境音などを含む“音“を、常に双方向に臨場感をもって伝え続けられるステレオエコーキャンセル技術です。これによって、離れた場所であっても、あたかも同じ空間にいるようにワイワイガヤガヤとした雰囲気を感じながら、複数のユーザーが同時に別々の会話を行えるなど、気楽で違和感のないコミュニケーションができます」

 

「今はこの人が話す番」ということが明確になりすぎると、どうしても「次は自分が話してもいいのだろうか」や「ここで話を遮ってもいいのか」といった具合に、自分の役割や相手との関係性をかなり考えながら会話をしなくてはならなくなり、その結果、ぎこちないコミュニケーションになってしまう。コロナ禍の約3年でそんな経験をした人は多いだろう。

 

もう一つは「つながり表現」=「つながり感調整」である。阪井氏によれば、相手がそこにいるような感覚になるための非常に大切な要素に、「窓」を通じてつながり続ける「時間的蓄積」があるという。つまり、長くつながればつながるほど、お互いの気配や雰囲気を感じられるようになるのだが、「窓」はそのリアリティゆえに、つながり続けてしまうと、たとえ親しい間柄であってもプライバシーの配慮などが必要になってくる。そこで重要となるのが、状況に応じてお互いを心地良い距離感、つながり感でつなぎ続ける技術だ。

 

「具体的な機能の一つとしては、『カーテン』と呼んでいる機能がある。『窓』同士をつなぐメタバース(仮想空間)の、自分側にカーテンをかけることで、自分と相手の空間がぼかされた状態になり、お互いの雰囲気はわかるものの、高精細な映像を見せなくすることができます。自分も相手も双方のカーテンを開くと、映像と音声が高い臨場感でつながります。『窓』を導入していただいているソニー銀行でも、金融コンサルタントとお客様とのリモート相談の場で、このカーテンを使って対話の前後に緩やかなつながりを演出することでお客様の安心感を向上させたり、コンサルタントとの信頼関係を強めたりといった効果が出ているそうです。

 

実際、ソニー銀行の「窓」を用いたオンライン相談に関しては、お客様からの声として、「前回、家のパソコンから相談したのですが、等身大だとより話しやすかったです」「普通に窓口相談しているような感じで安心感がありました」といったようなものがあるという。

 

雰囲気や臨場感、気配の価値を理解してもらう難しさ

ここまで何度も出てきた雰囲気や臨場感、気配といったものは、数値化や言語化がしづらい概念である。実際、2010年から2014年にかけて、ソニーの在籍時代の阪井氏が開発に関わったという、オンライン通話機能を内蔵したテレビでの苦い経験がある。

 

「ニュース、天気予報、ドラマやスポーツといった認知しやすいテレビ番組の視聴機能と、親しい相手とつながり続けることでお互いの親和欲求が満たされるというオンライン通話機能が、目の前に並んだときに、より明確な目的が意識できる前者が選ばれてしまうことがわかりました」

 

当然、今の『窓』に実装されている技術がまだ入っていなかったという理由もあるが、ユーザーに対してどのようにその親和的な価値を訴求し、理解してもらうべきかを考える大きなきっかけとなった、と阪井氏は振り返る。

 

そうした経緯を経てもなお、阪井氏は、「窓」の中核的な価値(コア・コンピタンス)は“気配を知覚させる技術”にあるという考えを貫き通してきた。そして、そうした気配を技術を通じて感じられるようにするためには、テレビに内蔵されたオンライン通話機能ではなく、「窓」というコミュニケーションに特化した製品を新たに作りだすしかないと考えたのだ。

「窓」の研究・開発で土台になったW・ベンヤミンとE・ホール

この「技術を通じて気配を感じられるようにする」という点において参考になったのが、阪井氏が2018年ごろに出合ったというヴァルター・ベンヤミンのアウラに関する研究である。

 

ベンヤミンは、アウラについて「同一の時空間上に存在する主体と客体の相互作用により相互に生じる変化、及び相互に宿るその時間的全蓄積」と定義しており、阪井氏が進めてきた“気配を知覚させる技術”のための研究と、このベンヤミンの指摘する「人間がアウラを知覚する仕組み」とが非常にフィットした、と同氏は説明する。

 

また、アメリカの文化心理学であるエドワード・T・ホールが1960年代に発表した近接学のなかの「パーソナル・スペース」という概念・知見も役に立っている。

 

「ホール氏が提唱した『パーソナル・スペース』のなかの人間の身体的インタラクションや、距離に応じたコミュニケーションの種類などは、『窓』の構想の土台の一部になっています。簡単に説明すると、相対する2人がいたときに、両者が手を伸ばして手が触れる距離がだいたいパーソナル・スペースと呼ばれる距離です。先ほども例に出したソニー銀行のリモート金融相談では、「窓」が実現する1.2メートル程度の相手が目の前にいるような距離感をさらに超えて、お互いが隣り合って並ぶような密接距離が体感できる『寄り添いモード』という機能も導入しています。具体的には、相手側の隣にバーチャルの「手」が回り込んで、一緒に資料を見るかのような体験ができるんです」

 

ソニー銀行側の狙いとしては、店舗コストをかけずに、効率的にリアルでの対面の相談と同じような安心感を「窓」を用いたリモート相談で実現できる、というものがあるようだ。

エンジニアが自らのアイデアを武器に起業する

実は阪井氏は、6代目ソニーCEOで、退任後は積極的に次世代事業や人物の育成に勤しんだことで知られる出井伸之氏が2000年に立ち上げた企業内大学「ソニーユニバーシティ」の1期生だった。冒頭での言葉にもあったように、それから20年以上にわたり、同氏は「窓」の研究開発を続けてきた。

 

「ソニーユニバーシティでの最初の講義は、“Bring the Future to the Present” 。自らが未来の社会像を思い描き、そこから逆算して現在(いま)やるべきことを導き出すというもの。そこで私が提案したのが、人と世界をつなぐ「窓」と空間接続事業でした。当時は10年後の2010年を“未来”として想定していたので、実際には2倍以上の時間がかかってしまっているのですが(笑)、あのとき出井さんにいただいたチャンスのおかげでここまでやってこられたと感じています」

 

「今回、まさにそのとき構想した事業をMUSVI株式会社として立ち上げたわけですが、私のようなエンジニアが信念をもって自分自身のアイデアを事業化するという事例を、まさにモルモットとして切り拓いていくことで、同じような情熱をもってチャレンジしている方々にも良い影響を与えながら、社会を盛り上げていきたいと思っています」

阪井 祐介

Yusuke Sakai

MUSVI株式会社代表取締役 / Founder & CEO

1999年ソニー入社。20年以上にわたり、距離の制約を超えて“あたかも同じ空間にいるかのような”自然なコミュニケーションを可能とする「窓」の実現に向けて、認知心理学、建築、インタラクションデザインの観点から研究開発を行う。2019年よりSRE AI PARTNERS株式会社において、人と人、空間をつなぐコンサルティング事業を、オフィスや医療・介護、教育、地域創生などの幅広い領域で展開。2022年にMUSVI株式会社を創業し、「窓」のさらなる社会実装を進める。

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取材:エニルノ編集部

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