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「タブレットでランドセルが重たくなっただけ」で終わらせない、これからのGIGAスクール構想

2022年11月1日から11日にかけて開催された、日本唯一のオンライン教育・eラーニング総合フォーラムのレポートをお届けする連載企画。今回は小学生たちがタブレット端末を活用し、地域学習に取り組んだ事例を紹介する。

 

2019年に開始された、全国の児童・生徒一人に1台のコンピューターと高速ネットワークを整備する文部科学省の取り組み「GIGAスクール構想」。これにより、各児童にタブレット端末が配布され、頭の柔らかいうちからICT機器に触れる機会が設けられている。ただしそれをどう活用していくかは、教育者も、それを見守る保護者も、まだ手探りな部分も多い。

 

そんななか、山口県の山口市教育委員会と山口情報芸術センター(通称YCAM)が取り組んだのが、360度ぐるっと見渡せるWEB上の図鑑「360°図鑑」。ひとたび図鑑をひらくと、そこには児童たちが「見て聞いて調べた」ことが、自らの手で記されている。

 

地域学習とICT教育が融合したこのWEB図鑑について、YCAMの菅沼聖氏がそのバックグラウンドについて語った。そこにはGIGAスクール構想を推進する、さまざまなヒントが盛り込まれている。

ランドセルが重くなるのがかわいそう……!?タブレット端末を使った教育現場のいま

画面いっぱいに広がるのは、緑茂る山間の小さな街。「日本の山間部」と聞いて思い浮かべる典型的な風景だが、その画像上にカーソルを合わせると、鮮やかな赤いポイントが浮かび上がる。ポイントを展開すると、さまざまな画像や説明文が表示され、中には動画や手書きの絵画も掲載される。しかもそれはカーソルを動かせば天地左右に360度動く、立体的なマップだ。

 

これは「360°図鑑」と名付けられたウェブサイトの様子。山口市の小学生たちが自分たちの地域について調べ、タブレット端末を活用して創ったコンテンツだ。保護者世代も体験している地域学習と、現在各校が注力するICT教育を融合させた新たな試みである。

 

この教育プロジェクトの背景にあるのは、2019年に文部科学省が開始したGIGAスクール構想だ。生徒一人ひとりにタブレット端末が配布され、それを使った授業が全国で展開されている。

 

ただしその活用方法は各自治体などに委ねられており、進度や実施するプログラムにばらつきがあるのが現状だ。筆者にも小学生の子供がおり、入学時にもれなくタブレット端末が配られたが、隣の学校はもとより、隣のクラスとすら進度やプログラムが違うことがある。さらに保護者もわが子が何に取り組んでいるのか把握できていないことも多く、「重いランドセルがタブレットでさらに重くなってかわいそう……」という声もよく耳にする。ICT機器を使った教育の可能性は数多くあるものの、いまはそれを探っている段階ともいえそうだ。

 

そんな現状を打破するヒントのひとつが、この「360°図鑑」。「他者と協働してフィールドワークで調査をするやり方、そこで得たものをメディアに落とし込む方法など、さまざまな学びが含まれています」と語るのは、この教育プロジェクトを山口市教育委員会とともに推進した山口情報芸術センター(YCAM)の菅沼聖氏だ。その多角的な取り組みが評価され、「360°図鑑」は第19回(2022年度)の日本e-Learning大賞において、文部科学大臣賞を受賞している。

昔ながらの地域学習とICT教育の融合

「360°図鑑」のコンセプトは「みて、きいて、あるいて、世界に図鑑を届けよう」。この図鑑には、モデル校となった小学校の児童たちが、地域でフィールドワークを行った結果が落とし込まれている。モデル校はさぞかしICT教育に力を入れた先進校なのかと思いきや、児童数が20人程度という山間の小さな小学校だというから驚く。

 

開発を担当した山口情報芸術センター(Yamaguchi Center for Arts and Media)、通称「YCAM(ワイカム)」は、山口県山口市にあるアートセンター。2003年11月の開館以来、メディア・テクノロジーを用いた新しい表現の探求を軸に活動しており、展覧会や公演、映画上映、子供向けのワークショップなどを実施している。「特徴的なのは、職員にプログラマーやエンジニアといったテクニカルスタッフがいること。技術力を背景にテクノロジーとアートの融合に取り組み、さらに今回のような教育プログラムも推進しています」と菅沼氏はその背景を語った。

 

「360°図鑑」を創るにあたっては、年次ごとにそれぞれのプロジェクトを進めていった。1~2年生の低学年は地域のドローン業者の手を借り、学校上空の写真を撮影し、写った範囲を地域探検、3~4年生は地域の畜産農家を訪ねて聞き取り調査を行うなどだ。そのフィールドワークの様子もWEB上にアップされているが、緑に囲まれた中で児童たちが活動する様子は、昔ながらの地域学習を彷彿とさせ、どこかほのぼのとしている。

撮影:塩見浩介/提供:山口情報芸術センター[YCAM]

 

ただし、そこには多様な学びが含まれている。「フィールドワークでは地域の人にインタビューを実施し、教室に戻ってからはそれを図鑑に登録する作業を行いました。地域の人へのインタビューではコミュニケーション能力が養われます。図鑑に登録する作業ではタイトルはどうしたら魅力的になるか、どうやったら情報がうまく整理できるかなど、表現力や編集者的な視点の学びがありました」(菅沼氏)。

 

この学習過程の最後には、創り上げた図鑑をウェブ上に一般公開する作業に取り組んだ。「ここがふんばりどころでした。多くの人が目にするに当たり、情報の正しさや肖像権に問題はないかなどを教員のみなさまとともに確認する必要がありました」(菅沼氏)。GIGAスクール構想の一環としてネットリテラシー教育の必要性が高まっているが、この「360°図鑑」にはその点も補完している。

「図鑑の民主化」、個性が詰まった図鑑

そうして彼らが協働で創り上げた「360°図鑑」には、生徒それぞれの思いが凝縮されている。「同じ地域でも歴史に目を向けるか、自然に注目するかなど、子供の個性が発揮されます」(菅沼氏)。

 

確かに図鑑を眺めていると、思いがけないところにピンが打たれ、大人の発想にはないコメントが並ぶ。低学年では空の雲にピンが打たれ、「くじらぐもをみつけたよ」というコメントとともに、くじら雲をイメージした大きな作品とその横に寝転ぶ笑顔の子供たちの画像がアップされていて、思わず目を細めたくなる。

 

絵文字が入力できることに気づいて盛り上がったのか、次々とたくさんの絵文字が並ぶコメントも。生徒たちが教室でワイワイ入力している姿が目に浮かぶ。一方で中~高学年になると、しっかりと取材したであろうコメントが並び、その地を知らない人が眺めても楽しめる図鑑になっている。

なぜ図鑑だったのだろうか。そんな素朴な疑問に対し、菅沼氏は言う。「専門家が創る図鑑から、『ぼく/わたしたちでも創れる図鑑へ』が今回取り組んだこと。Wikipediaに代表されるような、いわば図鑑の民主化、個人の知識や気づきを共有することは、インターネット時代の情報のあり方として、今後も増えていくと考えています」。

 

こうして出来上がった「360°図鑑」を、地域の人たちに発表する場も設けた。児童の数以上に集まった地域の人たちは、子供たちがタブレット端末を手に、何をしていたかを知る。保護者もこうした成果を目にし、重さに勝るタブレット端末の活用方法を、そしてICT教育の目指す道程の一例を知ったはずだ。「将来的には、子供たちの目線で切り取った地域の資料として、まとめていけるといいですね。継続的、発展的に取り組んでいけるといいなと思っています」(菅沼氏)。

撮影:塩見浩介/提供:山口情報芸術センター[YCAM]

GIGAスクール構想を推進する、児童たちの好奇心

ところで、タブレット端末の操作に慣れていない児童など、つまずく子はいなかったのか。

 

「実際に現場をみると、児童は積極的でしたね。自分の学校の空撮の映像を見ると、テンションが上がるのかもしれません。別の小学校ですが、やはりタブレットを使った授業を見ていたら、わからない子がいると、子供たちの中で教え合いができていて、実によい雰囲気でした」。児童たちの好奇心こそが、GIGAスクール構想を推進する大きな原動力となっているのだ。

 

今後はさらにモデル校を増やし、新たな360°図鑑にも取り組みたいという抱負を抱いている。「山口市内だけでなく、さらに広い地域にも進めていければと思っています。ただYCAMがご一緒できる範囲にも限りがあるので、各地域の人々や企業の人たちが協力し、それぞれの地域ごとに立ち上げられる仕組みができれば理想です」(菅沼氏)。

菅沼 聖

Kiyoshi Suganuma

山口情報芸術センター(YCAM)

山口情報芸術センター[YCAM]で研究機関、自治体、企業などとの共創事業を担当。YCAMがメディアアートのクリエイションで得た知見を応用し、多様なコラボレーターと共に社会に新たな価値を創出する共創の枠組みづくりに取り組む。2019-2020年文化庁在外研修にてフィンランド・アールト大学メディアラボ学習環境グループ客員研究員。360°図鑑では企画制作を担当。

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