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アナログとデジタルのあいだ

丁寧な生活を優先し、てまひまかけて仕事に向きあう人たち。オフラインを充実させながら、実用的にオンラインを取り入れてるリアルな姿とこだわりを学ぶ。

街歩きで感じた、「観光都市としての京都」と「リアルな町」との違和感

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歴史ある日本の古都・京都。文化、景観、食などさまざまな面において“伝統的日本”の姿を見せてくれる街だ。国内外から観光客が集う京都にはファンが多いが、京都を知るスペシャリストの一人が、『京都高低差崖会』会長の梅林秀行さんである。NHKの番組『ブラタモリ』に出演し、タモリさんと一緒に京都を語り歩く姿が人気を博した。現在は、京都まち歩きツアーや講演活動などでも活躍中だ。

梅林 秀行

京都高低差崖会崖長 京都ノートルダム女子大学非常勤講師

1973年、名古屋市生まれ。何気ない地面の高低差をはじめ、街並みや人びとの集合離散など、さまざまな視点からランドスケープを読み解く。NHK『ブラタモリ』『歴史秘話ヒストリア』など歴史地理に関するテレビ番組に多数出演。著書に『京都の凸凹を歩く 』1・2(青幻舎)。

目の前の課題を発見するのが街歩き

梅林さんは、京都を中心にユニークな地形を求め、街を歩く活動を長年続けている。そのバックボーンにあるのは、1980年代の『路上観察学会』だ。ガイドブックには載らない街の片隅を歩き、価値を見出す。そんな彼らの知的な活動に影響を受けたそう。時代はサブカルチャー全盛期。梅林さんは大学で考古学を学び、趣味として街歩きを始めた。やがてTwitterで街歩きについて情報発信をするように。そんなとき、テレビ番組『ブラタモリ』から出演のオファーが届く。番組を通して梅林さんは、ニッチな街歩きを全国区として知らしめた。観光と一線を画す街歩きとは、梅林さんにとってどんな活動なのか伺った。

 

「フィールドワークでしょうね。 旅が一つの線だとするならば、フィールドワークは点。自分の足で歩いて発見したものごとを焦点化し、掘り下げて問題を洗い出す。実際に街で起きている現状課題に触れない街歩きは嘘です。目の前で起きていることに言及しない街歩きには価値がありません」

 

梅林さんの目が向いているのは、街の建造物や観光資源だけではない。そこで発生している変化を注視している。たとえば、京都を象徴する景観のひとつに町家がある。ところが、町家の多くがここ数年でどんどん更地になっていると言う。

「数年前には、室町時代の軸組が残る京都市内最古級(いや日本最古級?)の町家が取り壊されて更地となり、マンション用地となってしまいました。京都はいま、このまちで暮らす人たちが自分たちの生活史を含めて大切にしていた文化資源が次々と壊され、ホテルやコインパーキングになっているのです。“開発”“活用”の名目で、人々の合意を得ないまま、一方向的に街並みの変化が進んでしまっています。果たして風景やまちの空気は、不動産所有者だけの専有物なのでしょうか」

違和感を経て気づく街のリアリティ

国の観光立国推進やインバウンドブームを受け、観光地としての京都は活気を増す一方だ。「極上の京都」「誰も知らない京都」など、京都の魅力をアピールする言葉が数多く生まれ、たくさんの観光客を呼び込んでいる。しかし梅林さんは、そういった言葉に対して違和感を拭えない。

 

「バーチャルな京都を語られている感覚です。京都の語られ方がやせ細ってきました。実際の京都のリアリティとはかけ離れた情報の羅列が進んでいます。一方で、京都が直面する具体的な出来事には“関心”が払われず、京都への“愛”といった言葉が声高に喧伝されるのみの現状に、不安と怖さを日々感じています」

 

京都を本当に愛しているならば、街で起きている現実にもっと目が向けられるはず。日々失われていく京都の街並み。観光マーケットのために造られた偏った言葉。京都が持つギャップを目の当たりにし、梅林さんは強い危機感を感じている。

「オーバーツーリズムなどによって京都の景観が壊されていく中で、現状に声を挙げている京都ファンは多くありません。たとえば、京都・観光文化検定(京都検定)の受験者数は毎年6,000人を超えている一方で、なぜか市民運動には結実していない。人々は検定問題の暗記にいそしむ反面で、京都で起きている現実課題には驚くほど関心を示さない。これが京都ブームの現実です。それって変ですよね。街歩きではこういった違和感を取り出し、問題意識を露わにしていくことが大事。目の前で起きている変化を受信して、各人が個々に抱いた意見を発信していくことで、街の課題が良くなっていってほしいです。このままでは、“京都愛”が京都を破壊してしまうでしょう」

 

梅林さんは現在、街歩きや歴史・地理に関する著書執筆のほか、大学でのフィールドワーク講義や、街歩きツアーにも力を注いでいる。フィールドワークの参加者から「自分が住んでいる街に意識が向いた」という感想をもらえることが、何よりうれしいそうだ。自分の足で街を歩き、気づきを得る。彼にとって街歩きツアーとは、街の現状や課題について考える素地を一緒に作っていく共同プロセスなのだ。

古典と現代をつなぐオンラインの力

実際に街に足を運ぶというアナログ的活動を続ける梅林さんだが、「デジタルツールの恩恵をかなり受けている」と断言する。なんでも、PhotoshopとIllustratorのヘビーユーザーであるらしい。街歩きツアーの資料や著書に掲載されている図版は、梅林さんお手製だと言うから驚きだ。

「凸凹地形図はカシミール3Dというソフトを使い、複数のデータを重ね合わせて作成しています。次元が異なる複数の情報をつなげていく。こうした作業はアナログでは難しい。現代の地図と100年前の地図を重ねるなんて、デジタルならではですよね。さらにPhotoshopとIllustratorで、断層の配置や道路の変更部分を着色。その場所の特性に合わせてデータを加工しています」

 

デジタルアーカイブの発展も、街歩きや研究活動を後押しした。従来であれば図書館で厳重に所蔵されている貴重な資料が、オンライン上で閲覧できるようになったからだ。「資料は“閲覧”だけでなく、利活用の際に“加工”が許容されないと意味がない」と彼が語るように、デジタルツールによって古典資料がリアリティを携えて現代と重なり始めた。

「デジタルアーカイブは、僕の活動を僕らしくしてくれる技術です。たとえば、大学や研究機会などに所属していなくても、人びとは資料の収集が容易になりました。フリーランスでも研究活動がしやすくなっています。

 

オンラインはインフラのひとつだと思うんです。ですから、オンライン回線が運ぶ情報を整理・統合するプラットフォームやポータルサービスが重要。デジタルアーカイブが今よりもっと普及して使いやすくなるために、仕組み自体も変わっていかなければ。デジタルアーカイブをはじめとした、オンライン環境の整備や改善に提言を続けていきたいと思います」

古典をベースにデジタルで鍛える審美眼

オンラインのおかげで学習や研究が便利になった反面、情報が行き交うスピードは加速した。過剰な情報に翻弄される人も少なくない。こうした世の中だからこそ、梅林さんが大事にしているものは何なのだろう。

 

「情報リテラシーや読解力という意味では、論文や専門書を読んで身に付けられます。そして、今のオンラインデータベースは古文書情報もすごく充実しているので、ぜひ活用した方が良いと思います。しかし、情報の整理整頓に長けるだけでは足りません。自分が抱いている問題意識について、理解を深めたり方向性を見つけるためには、系統的・非系統的を問わずたくさんの読書が必要。特に古典の学習が重要と思います」

 

古典に立ち返る意義について尋ねると「良し悪しを見分ける力を付けるため」と彼は答えた。審美眼のように、何が美しくて何が美しくないのか、見分ける力かもしれないそうだ。

 

「現代では価値相対主義的な『みんな違ってそれでいい』という考え方が尊重されています。でも、僕はそうではないと思う。人間の歴史の中で培われてきた美意識、あるいはやってはいけないタブーが存在していますよね。そのような価値観は、個人の感性のように見えて、実は歴史的に培われたところが大きい。物事のスピードが速く便利な一方で、ロングタームで培われてきた美意識です。

 

それでは「“美しさ”を保証しているのは何か」と言うと、ひとつは古典でしょう。似たような作品が生まれてきた中で、『源氏物語』のように磨かれながら生き残ってきた作品がある。そういった古典の中にこそ、美しさの基準があるのではないでしょうか。つまり、我々の美意識や価値観、そしてリテラシーが社会的・歴史的に構成されてきた経緯・背景を理解して、現在・未来に関するさらなる展望を深めていく姿勢や眼差しです」

 

梅林さんは続けて、美しさと言う感性を言葉で語ることが大切だと語る。

「僕自身は、言葉の世界に生きています。京都の庭園を見に行くにしても、その庭の何が魅力なのか、語れないと意味がないと思うんです。『有名な庭園だから魅力がある』と考える人もいますが、そうではないでしょう。有名であることと魅力的であることは全く別。どこが美しいのか、他と一線を画しているのは何なのか。魅力をアウトプットするためには、語る言葉を持っていないといけません」

 

古典の学習、言語感覚の研磨、魅力や課題の発見。どうやら街歩きには、受け身ではない探究心と行動力が求められるようだ。

 

「僕は旅も好きですが、旅は体験的で非言語的なものに近い。『ブラタモリ』が注目を浴びたのは、研究者レベルに堪えうる内容を、平易な言葉で語っているからでしょう。従来の観光情報では到底たどりつけない内容が、国民的番組としてヒットしている現状を、もっと重視して良いと思います。何をもって“学び”とするか、どのレベルで受信できたら“楽しい”と感じるのか。デジタル技術の活用と同様に、歴史や文化といった人文学的な項目に対する理解や姿勢は、これまで以上に大学などの高等教育の役割は強まっていくと感じています。技術活用と学びの深化の観点からは、文系・理系の区別はあまり意味をなさないでしょう」と、“学び”への思いを語った。

 

歴史的建造物や史跡、自然の景観。長い歴史を経てなお存在し、人の心を打ってきた街には魅力がある。なんとも奥が深い街歩きだが、梅林さんに今後の活動の軸を伺った。

 

「もっともっと専門性を高めていきたいです。幸い、オンライン教材やデジタルアーカイブなどがあるおかげで、大人になっても学び直せます。僕はこれからも学んでいきたいし、専門性を高めて街をより深く理解したい。丁寧に街の魅力や課題を発見していくのが街歩きですから」

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取材:池尾優

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