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ポストコロナ社会において「オンライン」は必要不可欠なものとなった。
これからどのようにオンラインと向き合うのか、各企業や団体の取り入れ方を学ぶ。

宿泊業界の古き体質をどう変えた? 負債総額10億円の老舗旅館が挑んだDX戦略

タブレットを操る和服姿の従業員に大画面をチェックする料理長らしき人物……。陣屋コネクトのHPを開くと、情緒ある温泉旅館のイメージからは少し意外な“デジタルな”写真が迎えてくれる。

 

コロナ禍以降、観光業は逆境との戦いが続いており宿泊施設でのDX化も進んでいるが、そんななか存在感を強めているサービスがある。宿泊施設のDX戦略を10年以上前から行ってきた、クラウド型旅館・ホテル管理システムの「陣屋コネクト」だ。神奈川県は鶴巻温泉にある大正7年創業の老舗旅館「元湯 陣屋」をバックグラウンドにもち、自社での実践をもとに、システム開発・改善を行ってきた。現在、国内導入件数は450施設を超え、その数を増やしている。人手不足や出入国制限など観光業がさまざまな問題を抱える今、宿泊施設に求められることとは? 同旅館の女将であり、また陣屋コネクトを立ち上げた人物でもある、株式会社陣屋の代表取締役・女将の宮﨑知子氏に話を伺った。

大正7年から続く手書き台帳をクラウドに移した

陣屋コネクトは、旅館やホテル運営に必要なオペレーションの一元管理ができるクラウド型システムだ。顧客情報・予約情報の一元管理をはじめ、きめ細かな仕入れ管理・原価管理、勤務シフトや人件費の管理、また効果的な経営・マーケティングのサポートまで、施設の課題に沿った解決策を提案している。フロントや調理場や清掃など、宿泊施設の業務は多岐にわたる。加えて、小さな施設でも毎月の取引業者は数十社に及ぶ。そうした施設運営に必要なオペレーションを効率化すると、具体的に施設にどういった変化があるのだろうか。

 

「バックヤード業務を圧縮することで、接客の時間を確保し、結果的にサービスの向上につなげていくのが最終目標です。システム導入により、接客時間やお客さまの滞在時間が長くなるわけではありませんが、施設全体に余裕が生まれることで、お客さまに対してこれまで以上の心配りができたり、お宿さんごとの魅力や長年培ってきた強みを発揮できます」

陣屋コネクトの始まりは、宮﨑氏が元湯 陣屋を夫と共に事業継承することになった2009年に遡る。当時陣屋は10億もの負債を抱え、半年後には倒産も視野に入れなければならないという窮境。そこで藁にもすがるような思いで取り組んだのが、基幹システムを入れて業務をデジタル化することだった。

 

「当時、出回っていたホテルシステムは経営難の私たちにとっては高額で、かつ使い勝手もさほど良くなく。ならば、とシステムを自社開発したのです」

初めは既存の顧客管理プラットフォームを導入し、その上にアプリケーションを構築していった。2010年1月から開発をはじめ、わずか2ヶ月後の同年3月から運用を開始。当時はまだスマホユーザーも少数派で、「クラウド」という言葉も市民権を得ていない頃。そんな時代に、ITと疎遠だった現場がこれほど短期間に移行できたことに驚く。

 

「顧客の予約管理業務から移行していきました。通常の企業ならシステム移行が必要になりますが、私たちは創業時からずっと手書きの台帳でしたので、乗り換えという概念はなく、ゼロからデータを蓄積する必要がありました。ですので、とにかくまずは触って入力する、というところからやり始めました。タブレットもない時代ですので、敷地の要所要所にPCを置き、従業員には移動の際にそれを横目で確認するというのを徹底してもらいました」

紙の台帳の場合、日々最新の内容が書かれたものが従業員に配られるが、急遽変更があった場合、最新情報が行き渡らない、また情報を取得する人・しない人でサービスの質が変わる、といったことが起きる。それが陣屋では頻繁に起きていた。宮﨑氏はその理由に「敷地の広さ」を指摘。

 

「敷地が1万坪あるので、情報共有はかなり難しかったです。また誰がどこで何の業務を遂行しているか管理しきれない、という問題もありました。内線電話や無線のインカムを導入したこともありますが、やはり従業員全員に行き渡らせることはできず、大きな業務改善には至りませんでした」

 

お客さまに接するすべての従業員に情報をリアルタイムで共有し、全館一体となってのおもてなしを実現する。それを可能にしたのがクラウドのシステムだった。

宿泊業界の体質を溶きほぐす

宿泊者がネット上で事前にチェックインできる「オンラインチェックイン」や、従業員がカウンター業務を遠隔操作する「無人ホテル」などのワードが広まっているように、近年ホテルのDX化は進んでいる。一方、まだ踏み込めていない施設も全国的にはまだ多く、その原因に宮﨑氏は「業界の体質」をあげる。

 

「これまでITの知識が要らずに業務を行えてきたため、宿泊業界はITリテラシーの低い業界といえます。加えて、代々家族経営の施設さんなどでは世代交代が進まず経営層が硬化しているところも多く、新しいものを恐れてしまったり、業務改革を率先するキーマンが内部にいなかったりもします」

 

加えて、クラウドのシステムサービスには当然、初期投資や毎月のメンテナンス費用が発生する。ITリテラシーが第一のハードルなら、ここが第二のハードルになる。

 

「業界的に先行投資が苦手なところがあります。宿泊施設の方に昔から馴染みのある予約サイトでは、予約が入れば手数料が支払われます。この考えが習慣化しているところがあって、新しいことを始める際に、売り上げばかりを優先してしまう。システム導入は直接的に売り上げにつながるイメージをもちにくいので、ただのコストとみなされ拒否反応をもたれることも多いです」

 

システムを導入し、オペレーションが変わることで初めて売上がついてくる。そうした考え方の啓蒙も含め、陣屋コネクトが重点を置いているのがシステム導入時のサポートだ。まずはサポートメンバーが地域に赴き施設ごとに抱える問題を徹底的にヒアリングする。導入直後はサポートメンバーが従業員向けの講習会を開き、その後しばらくの間も遠隔操作で支えていく。

 

「システムは道具に過ぎません。道具を入れてすぐに効果が出るものではありませんが、使い続けることで、『去年よりいい成績が出た』『お客さまのリピート率が少しずつ上がってきた』などの効果を実感していただけるようになります」

“休館日仲間”が増えている

陣屋コネクトを導入し業務の効率化に成功した施設からは、こんな嬉しい報告が増えているという。

 

「うちにも休館日ができました!」

 

日本では今も宿泊施設=年中無休のイメージがあるように、これを設ける施設は珍しい。そんな制度を、元湯 陣屋では率先して実施している。2014年に週休2日制からスタートし、2016年には週休3日に。今では同じ週休3日だが週4日勤務のうち宿泊は3日間(金土日)のみに絞っている。そもそも部屋数×365日が商品数になる宿泊業界では、それをあえて減らすという施策は、当時賛否両論が巻き起こったという。それが今では、業界内でいつか実施したい“憧れの制度”になっている。

 

「システムを導入してオペレーションを変え、効率が上がってきた頃が良いタイミングです。お客さまの満足度を上げつつも、金額の最適化・単価アップをして収益の確保に集中する。収益やコストが数値ですぐに確認できるので、昔に比べてチャレンジのハードルは下がっていると思います」

 

当然、従業員の健康面にとっても良い。人員不足が加速する時代にマッチする施策ともいえる。

地域を面で捉えた持続可能な誘客システムが急務

宮﨑氏が目下取り組んでいるのは、面で支える持続可能な仕組み作りだという。「面で支える」とは例えばどういうことか?

 

「陣屋コネクトをひとつのエリアで数件の施設さんに導入していただけば、例えばサポートメンバーが2週間現地に常駐して導入のお手伝いをする、などの方法も取れるようになります。また、今後は陣屋コネクトで集客のお手伝いもしていく予定でして、そこでも地域ぐるみの集客を目指します。例えばひとつの地域や観光事業者団体として、デジタルマーケティングに長けた方などの地域に必要な人材を起用し、その方の能力をシェアして地域で活用する、などです」

 

その第一歩として、2022年の初夏には地域連携型のシステム「里山コネクト」を長野県の信州上田別所温泉でローンチ予定だ。宿泊施設が地域の飲食店やアクティビティ業者などと在庫連携をとり、宿泊施設のサイトから相談・予約ができるように。ホテル・旅館が地域の相談・販売窓口になるイメージだ。確かに、旅程を立てるときに宿泊施設から探す人は多い。出発前に地域の観光情報をワンストップで探せれば、プランニングの手間も省ける。

 

「従来の宿泊施設は囲い込む戦略が一般的でした。飲食もレジャーもスパもお買い物もホテルの敷地内でどうぞ、と。ですが、多くの施設単体での経営が難しい今、地域と共に発展していく仕組みづくりが急務です」

施設、地域、顧客。こうした三方良しの仕組みが実現できれば、外的要因にも揺るがない、宿泊業界の新しい基盤となるはずだ。

宮﨑 知子

Tomoko Miyazaki

株式会社陣屋 代表取締役 女将

2009年より夫・富夫さんと共に「陣屋」の経営立て直しを図る。2010年にはクラウド型旅館・ホテル管理システム「陣屋コネクト」を導入し、2012年に黒字化を達成。2014年には週休2日制、2016年には週休3日制を実施し、さまざまな働き方改革に取り組んでいる。

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