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アナログとデジタルのあいだ

丁寧な生活を優先し、てまひまかけて仕事に向きあう人たち。オフラインを充実させながら、実用的にオンラインを取り入れてるリアルな姿とこだわりを学ぶ。

「日々の“無駄”を大事にすべし」消滅可能性都市の暮らしから学ぶこと

  • アナログとデジタルのあいだ

『髪とアタシ』という紙媒体がある。レトロでポップな表紙のアートワークが1980年代のそれを思わせるが、現在進行中の媒体だ。発行するのは、神奈川県は三浦半島南端の港町・三崎にて、夫婦で出版社を営む〈アタシ社〉。地方を拠点にする上でオンラインは欠かせないが、同社のものづくりからは手触り感のようなものが強く漂う。その理由はどこにあるのか?アタシ社の代表であり、様々な媒体や場作りを行う編集者のミネシンゴ氏に話を聞いた。

ミネシンゴ

shingo mine

合同会社アタシ社 代表社員/編集者

1984年神奈川生まれ。美容師として4年、美容専門出版社髪書房にて月刊『Ocappa』編集部に2年在籍したのち、 2011年にリクルート入社。リクルート在籍中に『美容文藝誌 髪とアタシ』を創刊。2017年に神奈川県三浦市三崎に拠点を移し、1Fに蔵書室「本と屯」、2Fに「花暮美容室」をオープン。泊まれる仕事場「TEHAKU」の運営や、三浦三崎の観光サイト「gooone」の運営も行なっている。

 合同会社 アタシ社

物事の“隙間”に可能性を見つける

「新しい土地と人に馴染めるか?」

地方へ移住する上で、その心配は大きい。そこで一つの指針になるのが、3年前に同じ県内の逗子から三崎へと拠点を移したミネシンゴ氏の例だ。同市は、かつては遠洋マグロ漁で栄えたが、現在は高齢化が進み生産年齢人口の減少が著しい場所。

 

「港まで徒歩30秒の場所にある商店街が、古い看板建築なども残る良い雰囲気で。そこで、かつては船具店だったという木造の空き家に一目惚れしました。家賃は1棟で3万円でしたし、向かいには三浦市に2軒しかない新刊書店のうちの1軒があり、次の拠点にぴったりに思いました」

都会では失われてしまった懐かしい街並みに魅了されたというミネ氏。ただ、同様の街には、新しいものを受け入れない保守的なイメージもある。

 

「かつては1日何百隻もの船が着くような港で、そのマグロを目当てにした観光客でも賑わう土地でした。そんな多くの人を受け入れてきた風土だからか、町の人は皆オープンで人懐っこい。その心配は一切なかったですね」

 

当初は自らの作業場や自社媒体の在庫管理の場所として、物件を借りたミネ氏。ところが、興味本位や古書店だと勘違いして入って来る人が続出。それが次第に誰もが無料で本を読める蔵書室〈本と屯〉になり、今ではドリンクカウンターもある。本の貸し出しはせず、自社媒体以外は販売もしない。

 

「おじいちゃんから小学生まで、色々な人が自然と集まるんです。『ここはなんの店?』と言われつづけて3年経ちますが、無目的な場所としか言いようがありません。だからこそ、こうして人が集まるのかもしれません。昔から、そういう“隙間”には面白みを感じてきました」

確かに同様の無目的な空間を、現代社会に見つけるのはなかなか難しい。“町に開かれた空間”という意味では、もともと美容師出身であるミネ氏が好きな美容室にも似ているという。美容室には髪を切る人はもちろん、予約ついでに待合所で雑談する人も、お土産を持参するだけの人も。「自分や店は周りの人によって作られてきた」と話す彼のベースには、美容師時代の原体験がある。彼が場作り、本作りにおいて大事にしているのは「個々の考えや一人称の思い」。『髪とアタシ』の内容が極めて属人的で、装丁にもこだわりが感じられるのはそのためだ。

オンラインで得たとっかかりをどう生かすか

そんな地方に住む編集者として、やはりオンラインは切り離せない。全国8000件もある書店に書籍を1冊ずつ納品するのは非現実的であり、そこで活用する手段としてのひとつがオンラインを使った販売やプロモーションだ。同社では公式サイトを通じて本や雑貨を販売。また最近では書籍だけでなく、オンラインで町自体をアピールする活動も行っている。2020年9月にローンチした観光サイト『gooone』がそれだ。きっかけは、観光協会が運営する観光サイトに対する物足りなさや、町を回遊する観光客を見て均一化した観光ルートを目の当たりにしていたからだった。

 

「よくある観光サイトはデザインが見づらかったり、おしゃれすぎたり、また定番ばかりが紹介されていたりして、実際の土地の雰囲気から浮いてしまっているものが多いのを常々感じていました。そこで、地元の人が地元のメディアを作ることをしたいなと思い、お店をやっている人、内装などを手がける職人さん、設計士、また宿泊施設のオーナーとともに共同で立ち上げました。デザインやコンセプトは妻の三根かよこが監修しています」

コンセプトは“風とともに去らない”。タイトルにはgone(英語で「過ぎた」)を変形させたgoooneを、ドメインには.helpをあえて用いることで、過ぎ去った町を自虐的、かつキャッチーに表現。観光を入り口に、移住・定住へと人を導きたい狙い。広告は取らず、地元の人の顔が見えるコンテンツ作りを目指す。公開間もないが、小さなお店に行列ができたり、反響は大きいと言う。

 

「ツイッターでは何度もリプライされていますし、同様のサイトを作りたいという製作会社からの相談も多い。これはあくまでショーケースであり、他の仕事で生計を立てていくつもりです。その意味では、オンラインはとっかかりに過ぎず、それをいかに活用できるかだと思っています」

インターネットが細くなったコミュニティを太くする

流通や発信における展開に加えて、ミネ氏が今最も関心があるオンラインの機能はこんなことだ。彼のnote内の“F氏”の投稿から話は広がった。

 

「近所でカフェとドーナツ屋を経営するF氏が骨折しちゃったんです。僕も近所の仲間も常連だったから、お店が3ヶ月間も閉まるのは残念でしたし、彼がその間にかかる経費や早く三崎に戻ってきて欲しいと考えて、彼への義援金を集めようと書きました」

 

投稿には「記事を1000円で購入してくれた人には、カフェ再開時にコーヒーをサービスします」とある。最終的には約120人ほどが賛同してくれて、まとまったお金を支援することができた。支援者の大半は、F氏やミネ氏とつながりのある人。

 

「同世代の方と同じで、F氏もネットリテラシーがすごく高いというわけではありません。オンラインが普及する一方で、日本全体を見渡せば、特に高齢者ほどネットが日常的でない人はまだまだ多いです。これからはオンラインに慣れ親しんだ若い世代が、そういった人たちと繋がった時に、オンラインの可能性が発揮されるように思います」

コロナによって個人が個人を支援することが増えた今、ミネ氏は「小さい支援・優しさがますます重要になる」と予想する。

 

「F氏の件で感じたのは、オンラインには、小さな繋がりを作ったり、細くなった縁をもう一回太くする役割があるということ。地方にはご近所づきあいや助け合い文化が根付いていますが、今後はそういった小さい支援・優しさを届けるツールとしてのオンラインの価値が見直される気がしています」

一見無駄なことを大事にする

最後に、そんなミネ氏が三崎の暮らしで大事にしていることを尋ねた。

 

 

「三崎に来てから無駄話をすることが増えました。取るに足らない内容もありますし、夕方になると僕も含め皆飲み始めてしまったりして、本当にしょうもないのですが(笑)、おかげで近所の人と仲が良くなったり、ふとしたことから街の未来についてといった真面目な話題に繋がったりして。今では、無駄話をあらゆるコミュニケーションの起点に感じるようになりました。その積み重ねの上に生活の絆や安心感が生まれているのなら、丁寧な暮らしを作る要素と言うこともできます」

 

小さな町では、無駄話や無駄なお酒も大事なコミュニケーションの一つになる。そういった目に見えない部分の感触を大切にするところにも、彼のものづくりの根底が見え隠れする。

 

「三崎の人たちって、ここが本当に大好きで。日本から出たことのない人も多いし、家の近所のことしかほぼ頭にないのに、それでも三崎を『日本一』『世界一』って言い切っちゃうのが、僕はすごくいいなと思うんです。そんな時に、小さくても、不便でも別に大丈夫じゃないか?と気づかされる。オンライン化で便利になればなるほど知見が広がると思いきや、自分の小ささが再認識させられてしまう。オンライン社会へと加速する今、そんな地方特有の安心感をもてることが実は大切なのかもしれません」

彼が港町の暮らしを通して掴んだ感覚は、オンライン社会をしなやかに生きていくための心得とも言えるもの。オンラインが身近にある人ほど、今後はますます意識する必要がありそうだ。

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取材:池尾優

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