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「これなら読める!おれ、バカじゃなかったんだ!」UDデジタル教科書体の開発者の奮闘

世の中には文字を読むことに困難を覚える生徒たちがいる。そしてそんな生徒たちから「読みやすい」とエビデンスを得ている書体がある。ユニバーサルデザインをモットーに、教科書などで使われることを視野に入れて開発された「UDデジタル教科書体」だ。書体デザイナーの高田裕美氏は、この書体の開発に当たり、教育に携わる大学教授などと連携して生徒や教育現場の声を集めた。書体デザイナーの目線から見た、今後の教育界の行方、目指すべき2030年のありかたとは。

「教科書が読めない子どもを知って」

書体デザイナーの高田裕美氏が上梓した書籍『奇跡のフォント』には、「UDデジタル教科書体」の誕生秘話がつづられている。この書体が画期的なのは、実際に視力に問題があるロービジョンの生徒や、読むことに困難を伴う学習障害「ディスレクシア」の生徒たちを調査し、本当に読みやすい書体であるというエビデンスがあることだ。こうしたエビデンスを得るために、高田氏は専門家や研究者と連携して、支援学校などの教育現場を数多く訪れ、生徒や先生たちの生の声に触れている。

「私も実際の現場を知るまでは、弱視の人はみな点字を使っているのかと思っていました。ただ人それぞれ程度があり、拡大した文字なら読める生徒などもいます。そうした生徒たちには文字を大きくし、読みやすい書体に変えた特別な教科書や教材が必要です。弱視の子どもたちの教科書・教材づくりにはボランティアの人が携わっていたりしますが、そのこと自体、世の中にはまったく知られていなかったりしますよね」(高田裕美氏、以下同)。

 

高田氏は初の書籍を上梓するにあたり、弱視や発達障害など読み書きに困難さを抱え、教育現場で困っている子どもたちの存在や理解がもっと世の中に広まってほしいという願いもあったと語る。実際、書籍『奇跡のフォント』には「教科書が読めない子どもを知って」の副題もついている。

教育、SDGsにおけるユニバーサルデザインの重要性

一方で教育界では遅々としながらも、様々な状況の生徒がいることに対する認知・改革が進んでいる。そのひとつが2020年度から実施された学習指導要領だ。「明治以来の新しい改革」と言われる学習指導要領では「ユニバーサルデザインの普及と実施」という観点が重要な項目として加えられた。さらに文部科学省は教科書採択において、「ユニバーサルデザインに関して配慮するように」と記載している。

 

「多くの人が読みやすい書体を開発するにあたって、時代が追い風になったというのは感じています。発達障害や学習障害がクローズアップされて、それに対する研究も進み、特別な支援が必要な生徒たちがいることに関心が高まっています」

 

くしくもこの「UDデジタル教科書体」が開発された2016年に、日本で「障害者差別解消法」が施行されている。この法律も「UDデジタル教科書体」の普及に一役買っている。この法律により、何らかの障害によって読むことにアクセスしにくい状況があった場合、自治体や学校、公共機関が合理的配慮をしなければならないと定められたのだ。

 

「合理的配慮は、それまで『平等に』とされてきたものを、少数派である弱者も含めて一人ひとりに合わせた配慮をすることで『公平に』とするものです。皆同じ教材を使うだけでなく、その生徒それぞれの状況に合わせた教材や書体の選択肢がさらに増えていく必要があると思います。デジタル教科書やデジタル教材であれば、不可能ではないですよね」

 

こうした読みやすい書体の活用は、SDGsの取り組みとも関わっている。SDGs17項目のうち6項目に関係するとされ、中でも4番目の「質の高い教育をみんなに」という項目でもっとも効果を上げると期待されている。

図案作成:星槎大学大学院教育実践研究科 阿部利彦「授業づくりネットワークNo.36」インクルーシブ教育と学級崩壊(阿部利彦、2020)より引用

書体の開発を後押しした、ICT教育の推進

ICT教育の推進も「UDデジタル教科書体」の開発の後押しをした。高田氏自身、教育関連のセミナーに参加するなどして、2015年にはすでに「これからはデジタル教科書の時代がやってくる」と確信したという。

 

「これまで紙の教科書で読みやすかった教科書体でも、電子黒板やデジタル教科書になると細く見えてしまいます。紙だったら気にならなかったことが、デジタルになると課題となったのです」

 

だからこそ高田氏が新しく開発した書体は、「UDデジタル教科書体」と名付けられた。UD=ユニバーサルデザインの観点でデザインされ、さらに紙の教科書だけでなく「デジタル教科書」に向く書体という意味だ。

 

さらには英語教育の重要性がクローズアップされたことも、「UDデジタル教科書体」の活躍の場を広げる一翼を担っている。2020年度の学習指導要領の改訂により、小学校5年生からアルファベットの読み書き学習が始まった。それに先駆けて高田氏が所属する株式会社モリサワでは、2018年に「UDデジタル教科書体 欧文シリーズ」をリリース。さらに書体を教育現場で活用する方法として、教育現場の専門家とコラボで、UDデジタル教科書体や欧文シリーズを活用した日本語・英語の学習教材を無償配布している。

社会の発展のためにも、子どもたちの教育をもっと大切にしてほしい

ユニバーサルデザインへの取り組み、ICT教育や英語教育の推進といった教育界の改革は、「UDデジタル教科書体」の後押しとなったが、一方で高田氏は教育現場を見ながら課題を感じることもあるという。

 

「日々の授業のほか、細かな事務処理や、学習障害に対する支援や、ICT教育の推進など、一人の先生が負担することが大きいと感じます。本当はもっと専門的なカウンセラーなどが必要なケースもあると思うけれど、それに対する支援はあまりなされていない印象です」

特に学習障害などは一人ひとりの状況が違うため支援の仕方なども丁寧に行う必要がある。けれども現場に余裕がなく、支援を受けられていない、困っていることに気づかれてもいない生徒もいると、現場のヒアリングなどから高田氏は感じている。書体の開発ひとつとっても、例えば高田氏は書き順をわかりやすくするために字形ルールを洗い出すなど、細かく時間がかかる作業が少なくない。こうした現場の需要を肌で感じているからこそ、「教育には時間がかかる」と高田氏は言う。

「将来日本を担っていく子どもたちのために、日本はもっと教育に注力し、お金をかけなければ、国そのものが発展していかないのではと危惧します。国や社会全体で、教育を重視していく必要があると感じています」

 

高田氏は今日も「UDデジタル教科書体」など読みやすい書体を世に広げるべく、各所でセミナーを行ったり、また支援が必要な教育現場を訪れたりしている。書体によって読みやすさが変わること、そして書体を変えるだけで学びの機会損失を防げることを世に知らせるため、書体デザイナーの奮闘は続く。

「おれ、バカじゃなかったんだ!」と開眼した生徒

このUDデジタル教科書体がリリースされた後のエピソードとして、高田氏が印象に残っていることがあるという。学習塾でディスレクシアの小学生の男の子がUDデジタル教科書体を活用した教材を使ったところ、それまでは何を読んでも途中であきらめていた生徒の顔が、パッと明るくなったという。「これなら読める! おれ、バカじゃなかったんだ!」と喜ぶ生徒の姿を見て、その場にいたスタッフ皆で思わず涙したそうだ。

 

高田氏がこのストーリーをTwitterにつづったところ、実に2万件を超えるリツイートがなされた。多くの人が文字を読むことに困難を抱える生徒の存在に気づき、そして書体がそれを解決する力があることを知って驚いた結果なのだろう。たかが書体、されど書体だ。

 

書籍『奇跡のフォント』にはそんな「書体沼」の奥深さがつづられていて、読了後、世界が少し変わって見える。この文字を読んでいる今も、そして日々書くメールも、PCやデジタルデバイスに触れているすべての人が無意識のうちに何らかの書体を使っている。今一度、書体という存在に目を向けてみると、いつもと違う発見があるかもしれない。

高田裕美

Yumi Takata

書体デザイナー

女子美術短期大学グラフィックデザイン科卒業後、ビットマップフォントの草分けである林隆男氏が創立したタイプバンク社でタイプデザイナーとして32年間勤務。「TBUD書体シリーズ」「UDデジタル教科書体」のチーフデザイナーとして企画・制作に従事。2017年 モリサワ社にて教育現場における書体の重要性や役割を普及すべく、講演やワークショップ、執筆、取材対応など広く活動中。2023年に初の著書『奇跡のフォント 教科書が読めない子どもを知って――UDデジタル教科書体 開発物語』を時事通信社より出版。

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